さくらしんまち保育園園長の小嶋泰輔氏は、食育の実践で知られ、書籍や雑誌、テレビなどでも取り上げられてきた。2023年に開催された「次世代園経営者セミナー」では、「食が発展すれば園も発展する。食育から始まるおいしい成長戦略」をテーマに登壇。今回は、その講演内容をダイジェストで紹介する。
食が発展すれば園も発展する

園は東京都世田谷区桜新町にあり、法人としては複数の保育施設を運営。同じ地域には姉妹園もある。
食育の実践は、書籍や雑誌、テレビでも取り上げられてきた。書籍『楽しく食べて元気に育つ』には、園で積み重ねてきた実践とレシピを掲載。雑誌では「好きな時間に 好きな友達と 楽しく食べる」という実践を掲載。その中で並ぶのは、お腹が空いた子から食べること、何をどのくらい食べるかは子どもが決めること、異年齢の友達と一緒に食べること、苦手なものを焦らず強制しないことだった。
テレビでは、食材を隠さず見える形で出すこと、栽培や調理の様子を通して食材や料理を身近に感じられるようにすることを紹介。子どもが自分で量や内容を選ぶことや、無理に食べさせず楽しい空間の中で少しずつ関わっていくことが取り上げられていた。
「眠たくない子を無理に寝かせるから不適切になる。食べたくない子に無理に食べさせるから不適切になる。遊びたくないもので遊ばせる、やりたくない活動を強いるっていう中で、やもすると僕たちの声かけがきつくなってしまう」(小嶋氏)
食べること、眠ること、遊ぶこと。どれもが、子ども側の状態とかけ離れたまま進められると大人の声かけは強くなりやすい。小嶋氏は、食育の実践で起きていることを保育全体の問題として引き寄せていた。
「子供が食べたいタイミング、子供が寝たいタイミング、子供が遊びたいものっていうのを叶えてあげれば、そもそも、そこに圧を、強いた激励をする必要はないんじゃないか」(小嶋氏)
楽しく美味しく食事ができる
小嶋氏が重視するのは、「楽しく美味しく食事ができる」という順番だ。美味しさより前に、楽しい時間があることに本質的な意味があるからだ。
「僕が特に大事にしてるのはこの2番目なんですよ。楽しく美味しく食事ができるっていう。これ美味しく楽しく食事ができるじゃダメなんです。」(小嶋氏)
友人と山で食べるカップラーメンは忘れられない味になる一方で、緊張する場での豪華な会席料理は味がしないこともある。食事は何を食べるかだけでなく、誰と、どんな気持ちでいるかによって大きく変わる。
「友達とそのキャッキャ言いながら、何の味にするとか言いながらカップラーメン食べるんですけど、景色もあって登ってきた疲れもあって、そのカップラーメンめちゃめちゃ美味しいんですよ」
「食べてるものはすごく手の込んだ会席の料理でも味がしなかった。楽しくなかったからです」(小嶋氏)
これは子どもも同じで、安心して楽しく過ごせることが、美味しく食べる土台になる。また、人に「残りの人生が24時間だったら何をするか」と聞くと、多くが「大事な人とご飯を食べたい」と答えるとも話す。食は栄養を取るだけでなく、人と感情を分かち合う時間でもある。
「僕たちにとって、私たちの人生にとって一番の幸せって大事な人とご飯食べることなんですよ」(小嶋氏)
楽しいが先にある。その順番を崩さないことが、このあとの実践にもつながっていった。
お腹が空いた子から食べる
さくらしんまち保育園では、登園時間の違いから朝食の時間にも差があり、その状態で一斉に食べることに小嶋氏は疑問を向ける。
「本当はめっちゃお腹空いてるのにすごく待ってる人もいるし、いや、まだ食べたくないなっていうのに食べさせられてる子もいます」(小嶋氏)
乳児期には子どもの様子に合わせて食事や睡眠を進めているのに、数年後には一斉に食べる形になることにも違和感がある。
「なんでたった2、3年したら一斉にご飯食べさせるんだろうっていうふうな疑問があります」
「お腹空いてる時に出した方が絶対食べます」(小嶋氏)
空腹のタイミングに合わせるというシンプルな配慮が、結果として子どもの「食べたい」という意欲を最大限に引き出すことにつながる。
また、遊ぶ場所、食べる場所、寝る場所を分けることで食べたい子から食事に向かう流れが作れる。これは先生の負担を増やすように見えて、実際には逆。子どもの状態に合った場を作ると、大人の強い声かけも減っていく。
「子どもに寄り添った保育すると先生が大変になるんじゃないっていうのは逆です」(小嶋氏)
お腹が空いた子から食べるという実践は、園の生活全体を子ども側から組み立て直していく入口でもあった。
子どもが選ぶ

さくらしんまち保育園では、食べる量や内容を子ども自身が決める。
見学者からは「大人数の子どもたちがそろって食べ残しをしないのは不自然ではないか」という声もあったが、年長児の「だってこれ僕が言った分だもん、僕が言った量だもん」という言葉がその理由をよく表していた。
言われたものを食べるのではなく、自分で選んだものを食べる。その感覚があるからこそ、食べることが義務ではなく、自分の行動として引き受けられていく。
「先生が怒るからちゃんと食べる。お母さんが怖いからちゃんと食べるではなく、量も時間も誰と食べるかも自分で選んでる。だから、いやそれは僕食べるよって」(小嶋氏)
もちろん、最初から何でも食べられるわけではないが、無理に食べさせることはしない。その子が届くところから始め、小さな一歩を積み重ねていく。
また、時間についても「早く食べなさい」と急かすのではなく、手作りの時計を使って子ども自身が見通しを持てるようにしている。量も内容も時間も、できるだけ子どもに返していくという実践だった。
「今まで『早く食べなさい』『いつまで食べてんの』って言われてたのを、子どもたちが見通しを持って30分で食べようっていうふうな形で見える化している」(小嶋氏)
人との関わりが食を変える
小嶋氏は、苦手なものを食べられるようになっていくために、人との関わりにも大切だと触れた。
例えば、野菜をまったく取らない子。ご飯と味噌汁と唐揚げだけを持っていくが、そこで無理に野菜を足すことはしない。まずは、その子が自分で選ぶことを崩さない。そのうえで、食卓では関わりを止めない。
先生が先に食べ、まわりの子どもも「おいしいね」と言いながら食べる。そこに軽く声を添えていく。トウモロコシが入っているけど1個だけどう?というふうに、ごく小さな入口を置く。そこで「じゃあ1個だけ」と手が伸びれば、その一口をしっかり受け止める。次の日は、その続きをつくっていく。
「1回なしにしてあげて、その子が食べれるように低いステップで小さな階段から積み上げていく」(小嶋氏)
最初から半分食べようという進め方ではなく、いったんゼロにして、その子が届くところから始める。その一歩をつくるのは、まわりにいる人の空気ややり取りでもある。
座る位置の工夫にも触れていた。偏食が強い子の向かいに、よく食べる子に座ってもらう。そうすると、食べることへの関心が少し動く場面があるという。よく食べる子の姿が、そのままきっかけになる。
「子ども同士の関わりが食育や偏食の克服につながるように、いろんな子たちの個性や発達を緻密に計算して、座る場所を設定してるわけです」(小嶋氏)
栄養は口に入ってこそ
毎日の食事は、栄養計算や献立づくり、安全な調理によって支えられている。ただ小嶋氏は、それだけでは十分ではないという。
「栄養計算も口に入れば、食べれたらの話です。食べなかったら栄養の価値はありません」(小嶋氏)
どれだけ丁寧に作られた食事でも、子どもの口に入らなければ栄養にはならないからだ。栄養士の仕事は給食室の中だけで完結するのではなく、子どもが食べるところまで含めて考える必要があるという。
「栄養師さんの仕事の範囲は子どもの口に入るところまでってやらないと、ちょっと変なことになっちゃいます」(小嶋氏)
料理人と食べる人の距離が近いほど価値が高まるように、栄養士と子どもの距離もまた食への関心に関わる。園では「給食会議」を通して、一人ひとりの食事の様子やつまずきを細かく見ている。無理に食べさせない大らかさと、子どもの状態を丁寧に捉える緻密さの両方が必要とのことだった。
「何につまづいてるのかっていうのを丁寧に見てあげる必要があります」
「それを丁寧に聞いて何につまづいてるのかって分かれば次の一手が僕たち持てるんです」(小嶋氏)
給食は目に見える保育の質
お母さんのお腹の中にいて、母乳で育ち、初めてほかのものを口にする。その入口にあるのが離乳や日々の食事。だからこそ、食は保育そのものの質に関わるという位置づけになる。
「給食は、口に入る保育の質」(小嶋氏)
そうした言い方で食事の時間を保育の中心に置いていた。また、給食は目に見える保育の質でもあると言う。リトミックや造形の中で育つものはもちろんあるが、その変化は外からは見えにくいことも多い。その点、毎日の食事は子どもの様子を保護者と共有しやすい領域でもある。
「給食は目に見える保育の質っていうふうなことを考えているところです」(小嶋氏)
保護者側も、食事には強い関心を持っている。しかし、栽培活動やクッキングなどの発想の広がりはあっても、日々の悩みとしては「うちの子が食べない」「野菜が苦手」が先に来る。
その背景は、食の悩みが保護者自身の不安と結びつきやすいこと。子どもが野菜を食べないことを、母親としての評価のように受け止めてしまう人。自分の食事づくりが悪い、手を抜いていると考えてしまうことも。小嶋氏は、そうした不安に対してこそ園が関われる余地があると見る。

そもそも、なぜ子どもに偏食が起こるのか。その背景には味覚のメカニズムが関係している。幼い時期の味覚は繊細で、苦味は毒を避けるため、酸味は腐敗を避けるために敏感に反応する。その上に、日々の食経験が積み重なっていく。
「食べないことをすぐにしつけや努力不足の話にせず、その前提を共有する必要がある」(小嶋氏)
どこで困っているのか、園でどんなふうに食べているのか、家で何が気になっているのかを重ねていく。給食が「目に見える保育の質」であるという言葉には、そうした共有のしやすさも含まれていた。
主体性は選ぶこと

小嶋氏が考える「主体性」の本質。それは、ある日の園児とのやり取りの中に隠されていた。
きっかけになったのは、5歳児の女の子。昼寝のあと、その子が「園長先生、主体性って何」と聞いてきた。その時、とっさに返したのが「選ぶことかもしれないね」という言葉だった。
「みさちゃんそれね、うん、選ぶことかもしれないねって言ったんです」(小嶋氏)
小嶋氏は、その子がその日着ていた服をどうやって着てきたのかと聞くと「自分で取ってきたよ」と返ってきた。自分で選んだ服を着ているのも主体性の1つではないか。と、子どもにも届く言葉に置き換えて伝えた。
この場面を通して、小嶋氏は食事の実践そのものにも目を向ける。同じ時間に、同じ量を、同じように食べなければならなかったものを子どもが選べるようにする。眠る時間も、遊ぶ内容も、できるだけ選べる余白をつくる。その積み重ねが、主体性につながっていく。
「私たちが考える、保育の主体性っていうのは、選ぶこととして実践してます」(小嶋氏)
自由にさせっぱなしにすることではない。子どもが選べるように場を整えること。選んだことが次につながるように、大人が支えること。その関係の中で育っていくものが「主体性」と置かれていた。
食を整えることは保育を整えること

食の実践は、給食の工夫だけにとどまらない。小嶋氏は、子どもが楽しく食べられること、お腹が空いた時に食べること、自分で選ぶことを起点に、保育全体を見直していた。
「食べたいから食べる」(小嶋氏)
食は、保育の質や保護者との関わり、園運営にもつながるものとして語られていた。
講師プロフィール
小嶋 泰輔 氏
さくらしんまち保育園 園長。世田谷区民間保育園連盟会長。保育環境研究所ギビングツリーに参画し、保育環境と園経営の接続をテーマに各地で講演を行う。食を起点に園の文化と経営を見直す実践を続けている。※役職・施設名は講演当時のものです。

